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名誉市民

  • 2016年10月21日更新

名誉市民とは

 市民又は本市にゆかりのある人で、社会の進展、学術文化の振興又は本市の発展に卓越した功績を残し、本市の名声を広め、市民から郷土の誇りとして尊敬される人に対し、伊勢崎市名誉市民の称号を贈り、その功績をたたえ、市民敬愛の対象として顕彰します。

 旧伊勢崎市の名誉市民及び旧境町の名誉町民は伊勢崎市の名誉市民として継承されています。

旧伊勢崎市名誉市民

 斎藤弥三郎(さいとうやさぶろう)

 斎藤弥三郎

明治16年10月14日生まれ(昭和32年9月11日逝去)
第2代伊勢崎市長(昭和22年初の公選市長)。
伊勢崎佐波医師会長。市長在職中、キャスリン台風被害復興や戦災復興に取り組み、戦後の伊勢崎市再建に多大な功績を残された。市長退任後も、市公平委員、市・県監査委員などの要職を歴任されるなど、地方自治発展に尽力された。昭和29年、紺綬褒章。

久保田円次(くぼたえんじ)

 久保田円次

明治36年8月23日生まれ(平成10年2月1日逝去)
元衆議院議員。
伊勢崎市議会議長、群馬県議会議員を経て、昭和35年衆議院議員初当選。以来連続当選8回23年余にわたり国政に参画され、その間に北海道開発庁政務次官、文部政務次官、国務大臣防衛庁長官等の要職を歴任された。特に、上武国道の建設の実現に努力されるなど地元伊勢崎市の発展に多大な功績を残された。昭和59年、勲一等瑞宝章。

下城雄索(しもじょうゆうさく)

 下城雄策

明治43年6月26日生まれ(平成5年1月17日逝去)
第8代伊勢崎市長。
伊勢崎市議会議長を経て、昭和45年市長初当選。以来、6期22余年にわたり市政の発展に尽くされた。この間、群馬県市長会長、全国市長会副会長、同相談役等の要職を歴任され、地方自治発展に寄与された。特にオートレース誘致に伴う市の財政基盤確立や文化会館等文教福祉施設の整備の充実に多大な功績を残された。平成5年、正五位勲三等旭日中綬章。

牛久保海平(うしくぼかいへい)

 牛久保海平

明治38年7月26日生まれ(平成11年11月20日逝去)
昭和18年に現在の「サンデン」の前身である「三共電器株式会社」を創設、日本を代表する企業に育て上げた。昭和59年に伊勢崎商工会議所会頭、平成4年に群馬県商工会議所連合会会長に就任、伊勢崎市及び群馬県の産業振興に多大な貢献をされた。また、市議会議員を1期、公平委員会委員を6期通算20年の長きにわたり活躍された。昭和60年、勲三等旭日中綬章。
 

旧境町名誉町民

石原信雄(いしはらのぶお)

 石原信雄

大正15年11月24日生まれ
昭和27年、地方自治省に入庁し、茨城県庁及び自治省に勤務され、昭和61年自治事務次官を最後に退官するまで34年間、地方自治の発展に尽力された。また、昭和62年11月、竹下内閣の官房副長官に就任以来、宇野、海部、宮澤、細川、羽田、村山内閣まで約7年3ヶ月にわたり7人の総理に仕え、政局が流動的な中、昭和天皇の大葬の礼、今上陛下の即位の礼、日米構造協議、湾岸戦争、阪神・淡路大震災等多事多難の国政に貢献をされた。平成12年、勲一等旭日大綬章。

田島弥太郎(たじまやたろう)

 田島弥太郎

大正2年9月26日生まれ(平成21年7月20日逝去)
九州帝国大学農学部で遺伝学を専攻。同大学院特別研究生、蚕糸科学研究所小平支部長、国立遺伝学研究所長を務められた。この間、多くの蚕品種を育成、蚕を用いて放射線の遺伝に及ぼす研究、蚕を使った遺伝学とその関連分野の研究を一貫して続け、遺伝学研究に尽力された。研究の功績として日本蚕糸学賞、日本農学賞、朝日新聞科学奨励賞、日本学士院賞、大日本蚕糸会科学功績賞等々、数多くの受賞を重ねた。昭和60年、勲二等瑞宝章。

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