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小畠武堯の墓

  • 2016年7月12日更新

小畠武堯の墓

 小畠武堯、通称は市之丞。伊勢崎藩二代藩主酒井忠告に仕えた。領内利根川の治水と八坂樋架設普請の責任者として、宝永2年(1705年)江戸表から国詰となった。武堯はこれらの指揮を執るとともに、前橋との折衝に当たった。沼之上村地内に開削された除堀(よけぼり)は天明3年(1783年)に利根本流となり痕跡を残していないが、八坂樋は改修されて佐波新田用水として現在も使用されている。武堯の墓は善応寺墓地内にある。
 

概要

名称

 小畠武堯の墓(おばたけたけたかのはか)

指定年月日

 昭和42年2月15日

指定区分

 市指定史跡

所在地

 伊勢崎市曲輪町10-11(善応寺)

地図情報


このページに関するお問い合わせ

教育委員会 文化財保護課
電話番号:0270-75-6672 ファクス番号:0270-75-6673
メールアドレス:bunkazai@city.isesaki.lg.jp

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