華蔵寺公園の石碑紹介

更新日:2023年12月04日

華蔵寺公園の石碑

華蔵寺公園は明治38年天台宗華蔵寺の寺地であった所に開設されたものです。

園内には伊勢崎市の偉人に関する石碑が11カ所設置されています。

華蔵寺公園の石碑の位置図

華蔵寺公園の石碑の位置図

1.設楽天僕「遺徳碑」

設楽天僕「遺徳碑」

設楽天僕「遺徳碑」

設楽天僕「遺徳碑」の説明板

設楽天僕「遺徳碑」の説明板

人物紹介

設楽 天僕(したら てんぼく)医者・教育者

天保12年(1841)~明治16年(1883)43歳

説明板内容

設楽天僕は伊勢崎新町(現大手町)油・砂糖業七郎兵衛の長男。年少のころから藩校学習堂の儒学者新井雀里(あらいじゃくり)に漢学を学び、14歳で志を立てて高崎の依田元甫(よだげんぽ)に和蘭医学を、ついで江戸の戸塚静海(とつかせいかい)につき、さらに大阪の緒方洪庵(おがたこうあん)の適塾に入門。最後は長崎でポンぺにつき蘭医の術を究めた。21歳で帰郷し医院を開業した。30歳で郷学責善堂の頭取、33歳で赤石学校初代校長に就任。退任後町会議員に選ばれ、身を持って教育に熱意を注ぎ、新しい時代の息吹きを吹きこんだ先達である。

門下生には石川泰三、武孫平、細野次郎ら伊勢崎の将来に偉大な貢献をした多くの優れた人々がいる。(墓所・曲輪町/善応寺)

伊勢崎市

2.燈台

燈台

燈台

燈台説明板

燈台の説明板

説明板内容

大正7年(1918)に第1次世界大戦が終わり、石川泰三(いしかわたいぞう)町長が平和を記念する施設について広く町民に意見を求めたなかに【伊勢崎公園(現華蔵寺公園)に電燈を点火し衆人の便益を図ること】という提案があった。それが石田繁蔵(いしだしげぞう)、山田喜作(やまだきさく)両氏の寄附行為によって大正15年(1926)に実現した。

当時としては近代的なドイツ式石積み構造で、しかも住民の浄財によって造られた貴重な遺産である。

3.武孫平「彰徳碑」

武孫平「彰徳碑」

武孫平「彰徳碑」

武孫平「彰徳碑」

武孫平「彰徳碑」の説明板

人物紹介

武孫平(たけまごへい)行政・実業家

安政6年(1859)~明治44年(1911)53歳

説明板内容

武孫平は伊勢崎河岸町(現三光町)船問屋初代孫平の長男。幼少から、郷学責善堂の設楽天僕(したらでんぼく)について学び、父親を早く失ったため18歳にして家業を継ぎ、23歳の若さで伊勢崎町戸長、続いて明治22年(1889)町村制のもと31歳で初代町長に就任した。まず両毛線伊勢崎駅を市街地の近くに設置、教育に、産業に、治水事業に、そして交通にと広い分野にわたって"質実と勤勉‘’をモットーに生来の先見性と情熱を傾けて町村自治の基礎づくりと郷土産業の発展に力を尽くした。

明治28年(1895)町長を退いてからは、家業の運送店経営に励むかたわら、町会議員として地域振興に多大な貢献をされた。

(墓所・曲輪町/同聚院)

4.天眞細野次郎君碑

天眞細野次郎君碑

天眞細野次郎君碑

天眞細野次郎君碑の説明板

天眞細野次郎君碑の説明板

人物紹介

細野次郎(ほそのじろう) 政治家

文久2年(1862)~大正5年(1916)55歳

説明板内容

細野次郎は伊勢崎本町の政治家時敏の二男。幼時から、郷学貴善堂の設楽天僕(したらでんぼく)に教えを受け、20歳のころ上京して商業講習所から商科大学に学んだ。27歳で父に続いて県会議員に当選、伊勢崎太田県道の建議を行い開通に尽力した。明治35年(1902)衆議院議員となり以後三回の選挙にも当選。日露戦争直後の講和条約を不満とする日比谷焼打事件では、指導者として活躍した。

大正元年(1912)伊勢崎に上毛撚糸株式会社を創設、工業試験所や県下で最初の工業学校の設立、染織業の振興、渡良瀬水力電気と利根発電の合併など、郷土の産業発展に数々の貢献を果たした。

(墓所・東京芝高輪/東禅寺)

5.伊勢崎耕地整理事業完成記念碑

伊勢崎耕地整理事業完成記念碑

伊勢崎耕地整理事業完成記念碑

伊勢崎耕地整理事業完成記念碑

伊勢崎耕地整理事業完成記念碑の説明板

説明板内容

大正4年(1915)町長に就任した時から石川泰三(いしかわたいぞう)は、"土地整備こそ都市づくりの基本条件”と確信して、耕地整理組合を組織し、農地、水路、道路の整備に取り組み、昭和14年(1939)にこの大事業が完成した。

用水路は農業はもちろん、衛生・防火対策にも役立ち、六間道路をはじめ四方八方に道路網が通じて住民の生活に多大な利便をもたらした。後の伊勢崎市の都市機能を充実発展させる重要な基礎を築きあげたものといえる。

6.小畠武堯「頌徳碑」

小畠武堯「頌徳碑」

小畠武堯「頌徳碑」

小畠武堯「頌徳碑」

小畠武堯「頌徳碑」の説明板

人物紹介

小畠武堯 (おばたけたけたか)用水開拓者

生年不詳~享保18年(1733)

説明板内容

小畠武堯は伊勢崎藩第二代藩主、酒井忠告(さかいただつぐ)に仕えた郡奉行。部下の鈴得六右衛門、阿久津藤右衛門らの協力で、宝永3年(1706)水不足に苦しむ領民の生活安定のため、農業用水路として勢多郡笂井(現前橋市)から桃木川の水を引き、荒砥川を経て神澤川に掛樋を渡すという難工事「八坂樋」を計画し、苦心を重ねた末に完成させた。

この用水路は伊勢崎周辺九ヶ町村の水田約四百ヘクタールを潤し、後に「佐波新田用水」に改修され、今日なお農業灌漑用水として大きな役割を果たしている。

曲輪町善応寺に眠る武堯の墓所は、市指定史跡としてその功績をたたえ伝えている。

7.烏洲金井先生碑

烏洲金井先生碑

烏洲金井先生碑

烏洲金井先生碑

烏洲金井先生碑の説明板

人物紹介

金井烏洲 (かないうじゅう)画家・詩人

寛政8年(1796)~安政4年(1857)62歳

説明板内容

金井烏洲は旧境町島村の豪農、彦兵衛(俳号萬戸)の二男。幼少から学問を好み、長じて江戸に遊学し、古賀侗庵(こがとうあん)ら著名な学者に経史、詩文を学び、絵画は春木南湖(はるきなんこ)、谷文晁(たにぶんちょう)にも教えを受けた。36歳で関西に上り頼山陽(らいさんよう)、梁川星巌(やながわせいがん)らとも交わった。父の病気で帰郷してからは絵画に専念し、文人墨客との交際も多く、また勤王の志士たちを支援した逸話もある。

山水画を多く描き、幕末期の主要な南画家として名高い。また著書「無声詩話」(むせいしわ)・「無声詩蛆」(むせいしそ)などは、当時の画壇の様子を伝える貴重な文献資料とされている。

碑文は、明治の大実業家渋澤栄一(しぶさわえいいち)翁が90歳にして自ら文を作り、自筆で書かれたものである。

(墓所・境島村新地)

8.言霊碑

言霊碑

言霊碑

言霊碑

言霊碑の説明板

説明板内容

赤城吟社の俳句同人たちが、歌仙形式という長短三十六句を、上の句と下の句とを互いに詠みあって続けた"連歌”に、十五の俳句が添えてある。

伊勢崎町役場で課長を勤めた岩田勇三郎(石膓)宮郷出身で曲輪町に機業を営んでいた横堀荘八(西涯)の句も見られる。

題額は旧倉渕村水沼の俳人下平可都三(しもだいらかつみ)が89歳にして書いた筆跡である。

9.板垣源次郎先生胸像

板垣源次郎先生胸像

板垣源次郎先生胸像

板垣源次郎先生胸像

板垣源次郎先生胸像の説明板

人物紹介

板垣源次郎(いたがきげんじろう) 教育者

慶応2年(1866)~大正12年(1923)57歳

説明板内容

ここには、大正14年(1925)に郷土の鋳金家、森村酉三(もりむらとりぞう)作による胸像が建てられていたが、昭和18年(1943)戦時中の金属回収令により供出された。

板垣源次郎は今泉村(現今泉町)農業山口佐四郎の二男で下植木村(現東本町)板垣家の養子となる。少年時代石川泰三の回天義塾に学び、19歳で群馬師範学校を卒業後、伊勢崎小学校(現北小学校)を振り出しに同校校長を拝命し、東京女子高等師範学校で教鞭をとり、ついで岩手、静岡、千葉、茨城各県で師範学校の先生や視学を歴任。茨城県立龍ヶ崎中学校長だった大正10年(1921)時の町長・石川泰三に懇請されて、伊勢崎尋常高等小学校長を本務とし、女学校長、幼稚園長、図書館長を兼任した。

小中学校教科書をはじめ、教授法や歴史に関する著作も多く、高い学徳をもって郷土の人材育成に多大な功績を挙げられた。

10.赤城の言霊

赤城の言霊

赤城の言霊

赤城の言霊

赤城の言霊の説明板

説明板内容

この地方の俳人たちが、皇紀2600年(昭和15年・1940)を記念して詠んだ四十二句を、表裏に彫ってある。"あやめ”の絵は旧宮郷村宮古の磯部草丘画伯が描き、文字は草丘の先生で同じく宮古の宇野柳八(うのりゅうはち)(菜花洞)の筆跡である。

安堀町吉澤惟雄(広瀬)、茂呂町児島荒太(桃源)、同所大和伊勢松(伊州)、北千木町大和三雄(素風)らの句も見られる。

11.伊勢崎招魂碑

伊勢崎招魂碑

伊勢崎招魂碑

伊勢崎招魂碑

伊勢崎招魂碑の説明板

説明板内容

明治10年(1877)旧薩摩藩士が西郷隆盛をおし立てて政府に反対した暴動(西南の役)で、政府が全国から兵を募集したなかに、伊勢崎からも徴兵に応じて従軍し不運にも戦死された人たちがいた。旧藩主酒井忠彰(さかいただあきら)はその犠牲者たちの霊を慰め、忠義をたたえ、名誉を後世に伝えようと県令(知事)楫取素彦に請願してこの碑を建てた。

当時の招魂社(曲輪町)から昭和16年(1941)に当地へ移された。

12.モニュメント

モニュメント(正面)

モニュメント(正面)

モニュメント(裏)

モニュメント(後)

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都市計画部公園緑地課 維持管理係
〒372-8501 伊勢崎市今泉町二丁目410番地 伊勢崎市役所東館4階
電話番号 0270-27-2769
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