掘り出された正倉院

更新日:2019年04月10日

古代の倉庫

 発掘調査で見つかるのは主に建物の基礎部分です。建物の壁や屋根などはよほどのことがない限り残っていません。倉庫建築では掘立柱建物、礎石建物という二種類の工法で造られています。 掘立柱建物は一般集落などでも見られますが、正倉でみつかるそれは柱や建物全体の規模が一般集落のものとは比べ物にならないくらい大きいことがわかっています。さらに礎石建物は寺院や役所の建物以外ではほとんど見られない工法です。そのため調査で規模が大きい掘立柱建物や礎石建物が見つかったときは役所や寺院の可能性が非常に高くなるのです。

掘立柱建物

 掘立柱建物は地面に柱穴を掘り、そこに直接、柱を立てて造ります。柱穴の深さの三倍が柱の長さともいわれており、柱穴が大きければ大きいほど、建物の規模も大きくなるようです。

総柱式掘立柱建物の柱穴に人々が立ち、大きさを比較している写真

 殖蓮小学校で見つかったこの建物は内部にも柱を立てる総柱式です。高床式倉庫と考えられており、中には脱穀した米をしまっていたようです。   

側柱式掘立柱建物があったと思われる柱穴に人々が立ち、大きさを比較している写真

 同じく小学校で見つかったこの建物は外周のみに柱を立てる側柱式です。低い床を貼った倉庫と考えられており、ここには刈り取った稲をそのまま入れていたようです。

 このように内容物によって倉庫の種類も変えていたことが、調査によって明らかになってきました。掘立柱建物は殖蓮小学校を中心に40棟以上が確認されています。

礎石建物

 礎石建物は建物下に地盤改良工事を施し、礎石の上に柱を立てて建物を造ります。掘立柱建物よりも長持ちし、頑丈です。9世紀になると三軒屋遺跡の倉庫は礎石建物が主体となっていきますが、これまでに15棟が確認されています。

礎石建物跡全体を望む写真

 これは現在の殖蓮公民館の下で見つかった建物です。写真は外側の長方形の部分が地業跡、内部の集石部分が礎石を置いた跡です。   

掘り込み地業の写真

 礎石建物下層の地盤改良工事の写真です。建物下を大きく掘りくぼめ、そこに種類の異なる土を交互に固めながら入れていきます。これを掘り込み地業といいます。調査ではこの地業の跡が見つかります。        

復元された古代倉庫

復元倉庫の写真

 埼玉県深谷市、中宿歴史公園の中に復元された古代の高床式倉庫です。中宿遺跡は武蔵国榛沢郡の正倉です。

 三軒屋遺跡にも同じような倉庫が数多く建てられていたものと考えられます。      

正倉院の特徴

 正倉院は大きな溝などに囲まれた中に、整然と計画性をもち倉庫が造られているのが一般的です。

 三軒屋遺跡でも区画大溝が確認されており、現状で6万平方メートル以上の敷地をもっていたことが判明しています。その中に40棟以上の掘立柱建物、15棟の礎石建物が確認されています。さらに工房と考えられる大型竪穴建物や斜め柱穴をもつ不思議な遺構も見つかっています。

区画大溝

大溝に人が立ち大きさを比較している写真

  正倉院を区画する大溝は幅3~4メートル、深さ1.5メートル以上あります。溝の上層には1108年に噴火した浅間山の火山灰が厚く堆積しており、1108年には区画施設としての機能を失っていたものと考えられます。

 現在、未確認の北限溝を確認するため調査をしているところです。    

検出された倉庫群

倉庫列の写真

 三軒屋遺跡では同規模の掘立柱建物や礎石建物が一直線に並んで建てられていたり、倉庫の向きが揃えられたりしています。

 一般的な正倉遺構は中央に広場、それを囲むようにコの字やロの字形に倉庫を配置する遺跡が多いことがわかっています。三軒屋遺跡では東西一直線に並ぶ倉庫列が複数列確認されています。そしてほぼ同じ場所で建て替えを繰り返しながら正倉院が機能していたことがわかっています。  

倉庫群を上空から見た写真

 これは殖蓮小学校でおこなわれた2次調査の写真です。調査では礎石建物1棟、掘立柱建物12棟が検出されました。数回の建て替えを行っているため、すべてが同じ時期の倉庫ではありませんが、建物の向きはすべて同じです。

 三軒屋遺跡の正倉院は出土遺物が少なく正確な時期はわかりませんが、わずかな遺物や建て替えの状況から考えると7世紀後半から10世紀頃まで機能していたと考えています。  

工房と幢竿(どうかん)

工房の写真

 正倉院内から数棟の大型竪穴建物が見つかっています。正倉内に人が住む建物は必要ないので、これらを工房跡と判断しました。竪穴建物は7世紀後半のもので、おそらく倉庫を建設する際の釘などを作っていた工房と考えられます。

 工房も倉庫と倉庫の間に計画的に配置されています。      

幢竿の写真

 正倉院の東端で、斜めに掘られた柱穴をもつ竪穴状遺構が複数見つかりました。全国的にもあまり例がありませんが、これは柱を斜めに立て、そこから幡などをたらした幢竿ではないかと考えています。

 幢竿は寺院などの儀礼空間によく見られるもので、正倉院内で何らかの儀礼が行われたことを物語る遺構と言えるのではないでしょうか。      

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